ブレオ、邁進

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主に近況報告が掲載されます.

隣人のほほえみ

暇なので小説を書いてみました.1500字程度です.

Y君は精巣がんの治療のために抗癌剤治療を受けている.BEPと呼ばれる抗がん剤治療を4回したあとに後腹膜リンパ節郭清術を受けた.その手術の結果,追加の抗がん剤治療が必要だということになり,EPと呼ばれる抗がん剤治療をしているところだった.そのEP療法も最後となり,採血の結果次第では退院できるところまできた.

退院を決める採血があるのは水曜日である.水曜日の朝早く看護師さんが採血をしていった.Iさんは抗がん剤治療で細くなったY君の血管をものともせずに血を取っていった.Bさんは2回連続で失敗したのにである.あとで失敗した仕返しにBさんの新婚生活をいじってやろうかと思ったがやめた.どうせいじったって幸せそうな顔をされるだけだなと思ったからである.

泌尿器科では水曜日に手術が行なわれる.お医者さんも看護師さんも忙しそうである.そんな忙しい中,Y君の隣に新しい入院患者がきた.水曜日に入院していることから手術を受けるわけではなさそうである.12月からインフルエンザ流行のため,面会が制限されている.そのため,一人寂しく自宅から持ってきた様々な日用品を収納棚にしまっている.

抗がん剤治療の副作用で口の中がざらついてきた.ざらつきを紛らわすために歯磨きをすることにした.歯磨きによってざらつきが大幅に改善することはないのであくまで気休めであり,ついでに退屈な入院生活の暇つぶしの一つでもあった.そんなタイミングでお医者さんが回診にきた.K先生である.K先生とY君は顔が似ていると看護師さんに言われたことがある.しかしその意見に賛同してくれた看護師さんは言った張本人以外には存在しない.証明はできないが賛同してくれる人は今後もでないであろう.K先生は抗癌剤の副作用で頭が回らないY君に対して長ったらしい話をしている.K先生はサンドイッチマンの伊達さんのように何を言っているかわからないのでY君は「要するにこういうことですね?」といって話を打ち切った.詳しいことはわからなかったがどうやら退院はできるようである.

退院後はCTを撮ったあとに治療方針を決めるようだ.Y君はCTの検査で使用する造影剤で吐き気を起こしたことがある.そのため,CTの検査の前にプレドニンを服用する必要がある.Y君はプレドニンを処方してもらうのをK先生にお願いすることを忘れてしまっていた.これも校長先生のお話のように長いK先生のお話のせいである.また吐き気に襲われるのはごめんなのでプレドニンの処方を仲の良い看護さんにお願いした.その結果だろうか,先ほど入院してきた患者さんに今日Y君が退院することがバレたようだ.

Y君がトイレにいって病室に帰ったところ先ほど入院してきた患者さんが「今日退院するんでしょ.よかったね」と笑顔で話しかけてきた.これに続く会話はなかったのだがY君はとても嬉しかった.病院にいるのでその患者さんも大変な目にあっているはずなのにそんな姿を微塵も見せないでY君の治療の成功を喜んでくれたのである.やはり世の中捨てたものではないなと思った.

治療費の会計もプレドニンも看護師さんから渡された.あとは母がくれば家に帰ることになる.家に帰るのは実に1週間ぶりである.退院の説明をしてくれた看護師さんが部屋から出るとき,先ほど素晴らしい一言を話してくれた患者さんが看護師さんに小さな声で話しかけた.

「隣の人,今日退院するんでしょ?退院したら俺を窓際のベットにして」

 

隣人のほほえみはY君へのエールだったのではなく,自分の入院生活がよくなることへの喜びだったのである.やはり世の中は捨てたものである.

 

 

この物語はノンフィクションです.